四国遍路とは





四国遍路とは、四国八十八ヶ所の霊場を巡拝することをいいます。
巡拝する人を親しみをこめて「お遍路さん」といいます。
四国八十八ヶ所の礼状は弘法大師(空海、774〜835年)が四十二歳のとき開かれたもので徳島県・高知県・愛媛県・香川県の四国四県にある、弘法大師ゆかりの、八十八ヶ所の霊場(礼所)を巡る、全長約一四○○㎞におよぶ壮大な巡礼の旅です。
弘法大師が、四十二歳の時に四国を巡錫し、従来から存在していた寺や新たに開いた寺八十八ヶ所を選び、霊場として開いたとされています。
八十八の霊場をめぐる四国遍路は、伊予国温泉郡荏原村(現在の愛媛県松山市)の長者・衛門三郎が自分の非を悟り、弘法大師のあとを追って四国を回ったのが始まりだといわれています。
また、弘法大師入廷後、高弟真済がその遺跡を遍歴し始まったとされる説があります。
八十八という数は、煩悩の数や、「米」の字を分解したもの、または男四十二、女三十三、子供十三の厄年を合わせた数などという説があります。弘法大師が六十二歳で入定後、大師への信仰は高まりますが、平安末期に行われていた八十八ヶ所の巡礼は、修行僧を中心としたものでした。それが庶民の間に広まったのは元禄時代前後だといわれています。


巡拝者は、お寺を一つ一つ詣ることで、自分の迷いを解き、身も心も清らかにして八十八の煩悩を取り除き、悟りを開いていきます。
この霊場全体は、長い歴史を経てかたちづくられてきたものです。
弘法大師が若い頃から修行された集大成が八十八の霊場です。また、この頃の事蹟が最も多いことから弘仁6年(815年)に開かれたと伝えられています。







四国霊場は


◎阿波の国の霊場が「発心(ほっしん)の道場」


土佐の国の霊場が「修行(しゅぎょう)の道場」


伊予の国の霊場が「菩提(ぼだい)の道場」


讃岐の国の霊場が「涅槃(ねはん)の道場」


と、人生にたとえられています。

発心の道場 阿波の国(徳島県)

発心とは、悟りを求めて仏道を行おうとする心を持つことで、この道場で巡拝者は、
初心に戻って仏に帰依する心を養うことになります。

修行の道場 土佐の国(高知県)

土佐の国(高知県)は、札所の数が少なく、札所間の距離も長いため肉体的にも厳しいが、仏道を身につけて善行を積むといった精神的修練が必要とされています。

菩提の道場 伊予の国(愛媛県)

この国では、自我の心が次第に浄化され、他を思いやる心が目覚める菩薩の行の実践を確かめます。
菩薩とは道、目覚め、知などを意味し、これまでも道のりから、教え・求道の意味やその深さなどをこの道場で知ることになります。

涅槃の道場 讃岐の国(香川県)

発心の道場に始まる幾山河の遍路行は、修行の道場、菩薩の道場、を経て涅槃の道場へ打ち進み、巡拝者はすべての煩悩を打ち破り、解脱の境地に導かれ八十八番結願所で満願成就となります。


さらに、高野山(和歌山)奥の院を参り大願成就するとされています。
心の旅は終わり、人生への希望が見えてきます。

四国遍路の三信条


一、摂取不捨の御誓願を信じ、同行二人の信仰に励みましょう。
  「悩めるもの、苦しむものが最後の一人になるまで救い尽くす
  であろう」という弘法大師のお言葉を信じ、巡拝中は、常に
  「お大師さま」と共に寝食をする思いでお参りしましょう。


二、何事も修行とこころえ愚痴、妄言をつつしみましょう。
  「千年の功徳もわずかの怒りに消える」とお経に説かれて
  います。遍路は楽しいことばかりではありません。何事も
  試練、修行と受け止めましょう。


三、現世利益之霊験を信じ、八十八使の煩悩を消滅しましょう。
  いかなる人も、この世で救われることを信じ、八十八の煩悩
  を転じて、悟りの世界にはいるよう功徳を積みましょう。

四国四国八十八カ所、参拝方法手順


入山

輪袈裟を首にかけ、数珠を手にして参拝の支度をします。
お寺に入る際、山門の前で手を合わせて一礼してから境内にはいります。
「これからお参りさせていただきます」と念じて一礼します。
菅笠以外は脱帽しましょう。

身を清める

山門をくぐり、手水場にて手を洗い、口をすすいで身を清めます。
その際ひしゃくに直接口をつけてはいけません。
必ず水をご自身の左手に一度とってからすすいでください。
また衛生上、水が流れていない時は手のみ清めます。



鐘楼で鐘をつく

仏様にこちらを向いてもらうために、一度だけつきます。
鐘をつかれる方は、お寺に入ってからゆっくり静かに一人一打してください。
寺院によっては鐘をつけない所もあります。(鐘は自由に撞けるところのみ撞く事)
尚、お寺を出る時に鐘をつくことは、戻り鐘といって功徳が消え縁起が良くないのでやめましょう。

灯明・線香

灯明は仏様の知恵を、線香は仏様の徳をいただくために上げます。
灯明・・・本堂、大師堂(四国のみ)各1本
後から来る人のために手前から立てず、ろうそく立ての上段、奥のほうから立てるようにします。
着火は必ずご自身のライター・マッチでしましょう。
線香・・・本堂、大師堂(四国のみ)各3本
こちらもまた後からくる人のために手前や脇ではなく、中央に3本まとめて立てます。
何故線香は3本?
現在、過去、未来の三世の仏様にお供えをする。
または、仏・法・僧の帰依(弟子になる、従うという意味)するという意味合いを持ちます。

納札・写経

本堂、大師堂(四国のみ)・・・各1枚
納札・写経(持参した人のみ)を、諸堂所定の箱に納めます。
(注意)納札には住所、氏名、年齢、日付、願い事などを記入します。
これは予め記入しておくとよいでしょう。

お賽銭

遠くから投げ銭をせず、静かに添える様に入れます。

合掌・読経

本尊・弘法大師を念じて、心静かにお経を唱えましょう。
(1)開経偈
(2)懺悔文
(3)三帰
(4)三竟
(5)十善戒
(6)発菩提心真言(3回)
(7)三眛耶戒真言(3回)
(8)般若心経
(9)御本尊御真言(3回)
(10)光明真言(3回)
(11)高祖弘法大師御宝号(3回)
(12)回向文
※霊場によっては観音経・延命十句観音経をお唱えする場合もあります。

大師堂参拝

本堂と同じように大師堂(四国のみ)にも参拝します。

納経

納経所で納経帳・納経軸・白衣に朱印をもらいましょう。

最後に合掌一礼

山門を出る前に、合掌一礼

十善戒



四国八十八ヶ所には、お大師さまが残した十の教え(十善戒)があります。
十善戒とは、身(からだ)と口と意(こころ)のはたらきを正しくして生きていくことを
心に誓い実践していくことです。
弘法大師は、「諸戒は十善を本とする」と説かれています。
これは、仏教の教えで、人がしてはいけないこと、お遍路さんが守らなくてはならない規則です。
1.不殺生(ふせっしょう)生き物を殺さない
2.不偸盗(ふちゅうとう)盗みをしない
3.不邪淫(ふじゃいん)ふしだらなことをしない
4.不妄語(ふもうご)嘘をつかない
5.不綺語(ふきご)お世辞を言わない
6.不悪口(ふあっく)悪口を言わない
7.不両舌(ふりょうぜつ)二枚舌を使わない
8.不慳貧(ふけんどん)欲張らない
9.不瞋恚(ふしんに)ねたまない
10.不邪見(ふじゃけん)ゆがんだ物の見方をしない

同行二人



四国遍路は、徳島県二十三ヵ寺、高知県十六ヵ寺、愛媛県二十六ヵ寺、香川県二十三ヵ寺、合わせて八十八ヵ寺、約1,400キロの旅です。
この霊場は、四国山野にひらかれた心と体の修行の道場で、八十八の煩悩を除き八十八の功徳をもたらすといわれています。
白衣や菅笠、頭陀袋に書かれている「同行二人」の文字は、たとえ一人であっても、常に弘法大師と共に歩いているという意味です。
遍路は、お大師様(弘法大師)に導かれて歩く旅です。
弘法大師は、一本の金剛杖によって常に遍路を見守り、八十八ヶ所の結願へと導いていかれます。

お接待



遍路道に暮らす人々は巡礼の人を「お遍路さん」と親しみをこめて呼びます。
飲み物や食べ物、時にはお金を差し出したり、一夜の宿を提供したりします。
これを「お接待」といい、お大師さまと歩いているお遍路さんをもてなす「信仰の形」とも、自分の分までお参りをしてきてほしいと託す
「巡拝の委託」とも考えられています。
お接待は素直に受け、お礼として自分の納札を渡し、ありがとうございます、とお礼をのべましょう。
お遍路さんを千年以上も前から迎え入れてきた四国の人々は自然と身に付いています。
いろいろな人に出会い、支えられ、感謝しながら歩くのも遍路の魅力です。

お遍路さんの心得



①昔お大師様が四国を行脚された際に、寝るところがなく、よく橋の下で野宿されたことから、
 橋の下で寝ておられると考え、橋の上ではお杖をつかないようにしましょう。
②巡拝中は、修行と考え悪口や愚痴・自分本位の行動を慎み、腹を立てず思いやりの心をもって
 行動しましょう。
③輪袈裟や念珠をつけたままトイレに入らないようにしましょう。
 (不浄なところではつけない)食事中も同様です。
④念珠は首から下げないようにしてください。左手に持ちましょう。
⑤ローソク等、他人からもらい火はしないようマッチ・ライター等は必ず持参しましょう。
⑥同じお遍路さんに会った時は、御宝号(南無大師遍照金剛)を唱え、合掌し、挨拶をかわします。
 現代では、「こんにちは」とお声をかけるのも良いでしょう。
⑦参拝後は鐘を撞くと出鐘といって、もう一度お参りをし直すことになります。
⑧金剛杖はお大師様の分身です。宿に入るときにはまず、お大師さまの足にあたるといわれている
 金剛杖の先を洗いましょう。

お先達



お先達(おせんだつ)さんとは、各霊場会公認の先達資格をいただき、皆様の先頭に立ち巡拝の案内役をしてくれる人をこう呼びます。遍路を何度も巡って行程や札所の歴史に熟知し、人間的にも尊敬されている人です。
各霊場会では巡礼の回数によって「公認先達」を認定しています。初めてお参りするお遍路さんにも安心してお参りしていただけるよう、多くの先達さん達はがんばっています。

弘法大師(空海)



四国遍路(四国霊場めぐり)は、弘法大師ゆかりの聖地を訪ねる旅でもあります。
弘法大師(空海)は、どのような一生だったのでしょうか。
弘法大師(空海 774〜835年)は平安時代初期の高層で、真言宗の開祖として知られています。
774年(宝亀5年)、香川県多度津郡屏風浦(現在の善通寺市)に生まれました。
5、6六歳のころ、八葉の蓮華の中に座り諸仏と語る夢をしばしば見たといいます。
15歳で京に出て勉学に励みましたが、一人の出家者との出会いから、生地である四国の山や海辺に修行を求め、厳しい修行をしたといいます。
徳島県の第二十一番・太龍寺があるところの岩山で百日修行をした後、高知・室戸岬の洞窟で修行に神秘体験をし、洞窟の中からみた外の風景(空と海)から後に名を「空海」と改めたといいます。
804年(延暦23年)31歳の時に、遣唐使として唐に渡り、長安の青龍寺にて、密教の第一人者であった恵果(けいか)からその極意をすべて学んで2年後に帰国しました。
帰国後は京の都に入り、嵯峨天皇の庇護の下、真言密教を人々に広めました。
また、故郷讃岐から要請を受け、唐から持ち帰った科学技術を駆使し、満濃池(まんのういけ)の工事を完成させました。
ちなみに、この満濃池は日本最大の農業用溜池で、近くには、公営讃岐まんのう公園があります。
その後は修禅の道場として高野山を下賜されたいと朝廷に願い出て、京都の東寺と高野山の間を往復しながら活動を続けました。
そして835年(承和2年)62歳のとき「56億7000年後に弥勒菩薩とともによみがえる」と弟子たちに言い残して、永遠の禅定に入ったと伝えられています。
空海は宗教家としてのみならず、書家、芸術家、科学者、哲学者など万能の才に秀でた天才だったようです。


西国三十三ヶ所巡礼





西国三十三箇所(さいごくさんじゅうさんかしょ)または西国三十三所(さいごくさんじゅうさんしょ)は、近畿2府4県と岐阜県も点在する33か所の観音霊場の総称。
これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼行であり、現在も多くの参拝者が訪れている。
「三十三」の数については、『法華経』「観世音菩薩普門品」所説の、観音菩薩が衆生を救うとき、33の姿に変化するという信仰に由来すると言われている。
西国三十三所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされる。




巡礼



霊場は一般的に「札所」という。かつての巡礼者が本尊である観音菩薩との結縁を願って、氏名や生国を記した木製や銅製の札を寺院の堂に打ち付けていたことに由来する。
札所では参拝の後、写経とお布施として納経料を納め、納経帳に宝印の印影を授かる。写経の代わりに納経札を納める巡礼者もいる。
巡礼の道中に、開基である徳道上人や再興させた花山法皇のゆかりの寺院が番外霊場として3か所含まれている。そして結願のお札参りとして、最後に信州の善光寺に参拝し計37か所を巡礼する。また、高野山金剛峯寺の奥の院、比叡山延暦寺の根本中堂、奈良の東大寺の二月堂、大阪の四天王寺を番外霊場に含んでいる場合もあり、お札参りは善光寺を含め5か所の中から一つを選べばよいとする説もある。
第一番から第三十三番までの巡礼道は約1,000㎞であり四国八十八箇所の遍路道約14,000㎞と比較すれば短いが、京都市内をのぞいて札所間の距離が長いため、現在では全行程を歩き巡礼する人はとても少なくなりました。四国参拝者を「お遍路さん」と呼ぶのに対し、観音霊場巡礼者の事を「巡礼さん」と呼びます。

身じたく お遍路さん・巡礼さんの姿、お参り用品

白衣・白装束

白装束に身を固めるということは、個人を包み込み老若男女を消して一人の遍路者・巡礼者になるということです。
背中に文字が入ったものと無地のものがあります。背文字入りのものを着用する場合、四国霊場では「南無大師遍照金剛」、観音霊場では「南無観世音菩薩」と入ったものが一般的です。また、袖無しのベスト型もあります。
汚れたら洗濯して、いつも清潔にしておきましょう。
白衣に御朱印を受ける方は、道中衣(自分が着るもの)と判衣(御朱印を受ける白衣)の二着を用意します。
また、判衣は、納経帳とともに納経所に差し出します。予め受印の部分が出るように折りたたんでおくとよいでしょう。

菅笠(すげがさ)

現在では菅材だけではなく、強度の優れた竹材やひのき等色々な素材のお参り用笠が普及しています。
日除け、雨具に最適の道具です。歩いてまわる人には、必需品でしょう。
遍路の菅笠には、「迷故三界城 悟故十万空 本来無東西 何処有南北」(迷うがゆえに三界の城あり、悟るがゆえに十万は空なり、
本来東西なし、いずこにか南北あらん)と、笠の天辺から四方へ修行者の心構えを記されています。
さらに、弘法大師と常に一緒という意味の「同行二人」の文字も入っています。

さんや袋(頭陀袋 ずたぶくろ)

頭陀とは煩悩や欲望を払い、仏道を求める修行のことです。修行僧が首からかけるのが頭陀袋です。
遍路用は白地に「同行二人」と書いてあります。この中に納経帳、納札、経本や線香・ローソクなどを入れておくとよいでしょう。防水タイプがおすすめです。

納札(おさめふだ)

納札は、各霊場の本堂・大師堂(四国のみ)に納め。ご本尊とお大師さま又は観音さまに、お参りの報告をするものです。又、道中で「お接待」をうけた時には、納札を差し出すのがマナーです。
住所、氏名、日付などの記入し、各霊場の本堂、大師堂(四国のみ)の納札箱に納めます。
あらかじめ、住所、氏名を記入しておき、参拝した時に日付を記入すればよいでしょう。
観音霊場はどなたも白札ですが、四国霊場は、巡拝の回数によって色の違った納札を納めます。


白 1〜4巡
緑 5巡以上
赤 7巡以上
銀 25巡以上
金 50巡以上
錦 100巡以上
※1巡とは一番寺〜八十八番寺をすべて回って1巡です

経本

お経本は最初は四国霊場では四国霊場用、観音霊場では観音霊場用のものを使用するのが良いでしょう。
お経は覚えていてもできるだけお経本を持ち、経文を目で追いながら読誦するのが基本となります。

輪袈裟(わげさ)、数珠、お賽銭、その他

輪袈裟は霊場礼拝の正装具であり、お参り修行の身支度です。
参拝の時つけます。
ただし、トイレや食事の時は外すのが礼儀です。
数珠は、手持ちのもでも構いませんが、合掌の際は軽く摺り合わせますので、できれば長数珠を用意するのが良いでしょう。
線香・ローソクは本堂と大師堂(四国のみ)に供えます。
その他、手甲、脚絆、持鈴なども必要ならというところです。
お賽銭は、お気持ちです。前もって洗い清めた小銭をお財布とは別に、お賽銭袋に入れて持って行くとよいでしょう。

金剛杖(こんごうつえ)

遍路の守り本尊であり弘法大師の分身といわれるほど大切な道具です。
「お大師さま」と思って大切に扱い、宿に着いたら、まず自分で杖の先を洗い清めます。
杖の上部には、五輪塔を模し刻みがいれてあり、地・水・風・空を表す梵字が記されています。
特に歩いてまわる時は、軽く後ろに突くだけで前進の力が加わるので、足の筋肉に負担がかからず疲れにくいものです。
山の中腹にあるお寺を詣るときは重宝します。
また、蛇・虫の駆除、野犬払いなどの防護用としての役目を果たします。
自分のものとすぐわかるよう目印を付けておくと、お参りの時「杖立て」に立てても紛れません。
また、橋の上では杖をつかないことになっています。
これは、弘法大師がある時、巡礼中に宿を断られ橋の下でよく野宿したそうです。
ですから橋の下で休まれているお大師さまを起こさないようにと考え、橋の上では杖をつかないことになっています。
近年では観音霊場においても観音様と一緒にお参りの意を込めてお持ちの方をお見受けします。

納経帳、白衣(判衣)、納経掛軸

札礼所でお参り後、納経所で墨書き・ご朱印をいただきます。
納経帳の中は和紙でできています。
納経帳、納掛け軸にも墨書き・ご朱印をいただきます。
掛け軸は、表装しあげると立派なものになります。
子孫末代まで一家の宝物になるでしょう。
白衣(判衣)はご朱印のみになります。












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